Politically correctness
定義
社会の特定のグループのメンバーに 不快感や不利益を与えないように意図された言語、政策、対策を表す言葉であり、人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない中立的な表現や用語を用いることを指す。
アメリカの大学でポリティカルコレクトネスにまつわる問題が起きているのは、学生たちが三つの誤った考え方=「三つの不真実(Untruth)」を信じていることに由来する、というものだ。
・ 脆弱性の不真実:人は傷つくことで弱くなる
・ 感情的推論の不真実:常に自分の考えに従え
・ 私たち対やつらの不真実:人生は善い人々と悪い人々との闘いである
同書はこれら「三つの不真実」がどのような点で誤っているのかを心理学的・社会学的に指摘しつつ、それらを学生たちが信じるようになった背景を論じている。
アメリカの大学における抗議運動が2013年〜2014年頃から急速に拡大したことを指摘したうえで、若い学生たちが「三つの不真実」を信じるようになった原因を、2010年代という時代的な特徴、そして「i世代」とも呼ばれる若者たちの世代的な特徴に発見した。具体的には、「六つの原因」が指摘されて、論じられている。
安全主義は、「危険」や「不安」に関する学術用語の定義を拡大させるという影響ももたらしている。ニック・ハスラムという心理学者は、心理学の世界では「コンセプト・クリープ(概念の漸動)」という現象が起こっていることを指摘した。心理学研究においては、「PTSD」「精神障害」「虐待」「いじめ」などの単語が指し示す意味の範囲は近年になって急に拡大しており、概念の名前は同じであってもその中身は大幅に変わっているのだ。
特徴的なのは、いずれの概念についても、その定義や基準が客観よりも主観を重視したものとなっていることだ
「人を傷つけるかもしれない」とされる特定の意見を排除することで、大学内から意見や価値観の多様性を無くして、特定の主張しか聞かれなくするという偏りももたらす
Steven Pinkerに対する署名運動が示したように、進化心理学をはじめとする理系の分野の一部も「安全主義」によって排除される対象になり得る。その学問が客観的に示す科学的事実によって、不快になったり傷ついたりする学生がいるかもしれないためだ。 @YusukeTaira: ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)、公権力側は歓迎しているというか、「泳がせて」いると思いますよ。自主規制/自己規制の動きを泳がせておいて、そのルールが曖昧になってきたところで、ルール違反を「立法事実」だとし、法律(新法)にするチャンスを待っていると考えておくのが無難でしょう @YusukeTaira: ポリコレ賛成側の人は、自分たちが審査する側で、自分こそが基準を知る者だから、研修等をしてアップデートされていない市民たちを教育してあげようとか、あるいは、自分たちを諮問機関の委員に「専門家」として任命すべきだというでしょう 基素.icon
どんな集団に対してcorrectnessを追求するかで変わってくる
この集団の想定が人によって違う
「全世界の人」に対してPCな表現は原理上ほぼ不可能
全日本の人に対してPCな表現もかなり難しい
@gweoipfsd: 僕は自分の職業を聞かれたらマーケッターだと答えることにしているけど、もう一言付け加えていいなら、アーキテクトだと思っている。 で、言いたいのは、今の日本で見られる受け手の「お気持ち」至上主義について。何か情報を発信したときに、不快な気持ちになった人がいるとして、不快になっている人がいる時点で、それがたとえ誤解だろうが読解問題だという風潮。
これはあちこちで矛盾を引き起こすので、社会設計のルールとして間違っていると思っている。
なので、僕は誤解を招く発言でも平気ですることにしています。誤解する方が悪いというのが僕の立場です。